手段と目的
ドラムをしている人に限らないのですが、目的と手段を混同してないか今一度確認してください。
今すぐです。この記事を読んでいる、そこのあなた。
あなたです。
なんでドラムをやっているんですか。
楽しいから
「楽しいからドラムをやっています。」
わかりました。
じゃあ楽しくドラムを叩いてください。
間違っても、楽しくないドラムをやらないでください。
楽しくないドラムは、ただのお仕事です。ただのやらされです。
やるだけ疲れます。
居場所がなかったから
「ドラムをやることによって、自分の居場所を作っているんです。」
本当に自分の居場所を作れていますか。
誰かのお願いで自分で居場所に似た墓場を作っていませんか。
自分の居場所は、「自分の」居場所です。
誰かにあってほしい自分を作っているのであれば、それは「自分の」居場所ではありません。
しかも、「相手にとってこういう居場所が欲しいんだろうな」って考えている居場所はだいたい相手は欲していません。残念ながら。
代えは誰だっていいんです。なんとなく気があって、なんとなく楽しくやれれば。
「自分の」拠り所のために居場所を作リましょう。
伝えたいことがあるから
「伝えたいことがあるからドラム続けています。」
いい心意気だと思います、私の勝手ですが。そういう人嫌いじゃないです。
その代わり、伝えたいことを伝え続けられるようにドラムしてください。
今、今日叩いたドラムは、その伝えたいことの過程にあるドラムですか。
さっき叩いたドラムは、誰かに伝えたい思いを込めて叩いたドラムでしたか。
誰かのエゴ=「自分の」伝えたいこと、みたいに勘違いしないでくださいね。
「自分が」伝えたいことをバンドでやるからドラムをする意味が生まれます。
なんでこんなことを言うか
別に誰かに媚を売っているわけではありません。間違っても。
まさに私が、手段と目的を混同していたから、もしかしたらあなたも間違えているのではないかと、無駄に世話を焼いているのです。おせっかいです。
私は「生きるために」ドラムを叩きたかった。それなのに、いつしかドラムを叩くためにどうするか考えていた。
ドラムを叩くことではなく、「生きる」ことが目的なのに、いつしかどうやったらドラムを「上手に」演奏できるか考えていた。
つまり、生きるためにドラムを叩いていたのに、ドラムを叩くためにはどうすればいいかをひたすらに考えていた。
もったいなかったなと自分で今更ながら思います。
あなたには
だから、あなたには、なんのためにドラムをやるのか(目的)をはっきりさせていてほしいです。
ドラムをどうするか(手段)に引きずられすぎると、本質の目的を見失います。
目的じゃないドラムを叩くのだけはやめてください。あなたのためになりません。
もしまだ目的を見出していないなら
逆に、無理に目的を探す必要はないです。
でも、目的がその日からは目的を絶対にして動いてください。
そうしないと、ドラムが不要になります。
混同しないでね








